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高松高等裁判所 平成3年(ネ)156号 判決

控訴人

谷口武治

右訴訟代理人弁護士

中田祐児

楠眞佐雄

被控訴人

大麻比古神社

右代表者代表役員

金倉文雄

右訴訟代理人弁護士

小川秀一

島田清

堀家嘉郎

阿部隆彦

田中治

北沢豪

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  控訴人が、被控訴人の代表役員の地位にあることを確認する。

3  被控訴人は、控訴人に対し、金四二三六万七一六〇円及びこれに対する昭和六二年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員、並びに、昭和六二年一月一日から毎月金五九万九〇〇〇円、右に加えて、毎年三月に金一七四万九〇〇〇円、毎年六月に金一二二万四三〇〇円、毎年一二月に金一四五万七五〇〇円をそれぞれ支払え。

4  被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

5  控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

6  右3項につき仮執行の宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文第一項と同旨

第二  当事者双方の請求・事案の概要

当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の第一の一(ただし、被告林福太郎についての職務執行停止に関する部分を除く。)、二、及び、第二記載(ただし、原判決四丁裏二行目「被告神社の代表役員以外の責任役員全員(三名)は」を「被告神社の代表役員である原告以外の責任役員梯昌雄、青山富三郎、青野泰之の三名全員は」に、同所五行目「原告を同神社の宮司から免ずるよう具申し」を「原告の同神社宮司の職を免ずるよう具申し」に改め、同所六行目「神社本庁」の上に「原告につき、」を加え、同所八行目「該当するものとして」を「該当する事由があるとして」に、七丁表一一行目「充てるため」を「充てることになっているため」に改める。)のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  特定人の宮司の地位の存否を審理判断するために宗教上の教義、信仰に関する事項を審理判断しなければならないときは、裁判所は、これについて一切の審判権を有しないが、裁判所が審判権を有しないのは、右の場合に限られ、宗教上の教義の解釈や信仰に関する事項を判断する必要のない場合にまで、宗教団体の行った処分、殊に免職処分につき、宗教団体の内部的自治の名の下に一旦なされた処分を原則として有効と認め、例外的な場合に限ってこれを無効とすることは、著しく被処分者の利益を害し、裁判による国民の権利救済の道を閉ざすものであって不当である。

2  仮に、宗教団体の自律権により、一定の限度で裁判所の審判権が制限されるものとしても、それは当該団体において、裁判所がその自律権を尊重し、司法審査を差し控えるに相応しい自治能力を備えていることが前提でなければならない。このような観点からみると、被控訴人神社及びその包括法人である神社本庁における宮司等の免職に関する規程は著しく不備であって、到底成熟した自治能力を備えたものとはいえない。そうすると、審判権抑制の前提である自治能力が欠けていることにほかならないから、裁判所としては、本件処分の適否、すなわち、免職事由の存否について積極的に司法審査をすべき義務が発生したものというべきである。

3  更に、宗教団体の自治を重視するとしても、本件処分は極めて不当である。すなわち、

(一) 本件処分は著しく正義に反した手続によって行われた。本件処分は、宮司ひいては代表役員の地位の剥奪という極めて重大な処分であるにもかかわらず、控訴人の弁明の機会の保障すらない前記のような不備な規程に基づき、控訴人の弁明、事実の調査や審議も十分に行われないままなされた。

(二) 本件処分は、事実上の根拠に基づかず、かつ、処分の内容が著しく妥当性を欠くものである。

被控訴人神社における紛争は、一部の役員や総代が控訴人に対する反感から控訴人の提出した予算や決算案を故意に審理承認せず、また正当な理由なく職員の処分を要求するなどことあるごとに神社運営を妨害したために発生したものである。しかるに、神社本庁は、本件紛争の本質を見抜くことができず、単に控訴人と役員間の紛争の表面的な事実のみを捉え、しかもその責任のすべてを控訴人に負わせようとするものである。

二  被控訴人の認否

控訴人の主張はすべて争う。控訴人に対する処分手続は、被控訴人神社及び神社本庁の諸規程に則り、適正に行われたものであり、その内容も調査した事実に基づく妥当なものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却されるべきものであり、被控訴人神社の控訴人に対する請求は、原審の認容した限度で理由があるので右の限度で認容し、右限度を超える部分は失当として棄却されるべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の項の記載と同一であるから、これを引用する。

1  七丁裏九行目冒頭から九丁表九行目終わりまでを次のとおり改める。

「1  本件処分は、事案の概要四記載のとおり、処分権者である神社本庁の統理が、原告につき進退規程二二条五号に定める「職員として適当でないことが判明したとき。」に該当する事由があるとしてしたものであるが、特定の宮司が前記「職員として適当でない」か否かの判断は、宮司が、当該神社における宗教上の事項を司る最高位の神職であることから、宗教上の教義、信仰などにかかわる全人格的な評価と深く関係する場合があり、かかる人事について裁判所がその適否を審判することになれば実質的には国家による宗教への介入となりかねないこと、憲法二〇条一項、二一条一項により宗教的結社の自由が保障され、憲法二〇条、宗教法人法一条二項、八五条により宗教活動の事由と政教の分離の原則が保障されていることに鑑み、宗教団体はその組織運営に関して自治、自律の権利を保障されているものと解されることからすると、宗教団体内部の役職員の進退問題である宮司の免職処分についても原則として当該宗教団体の自律に委ねられており、その限りにおいて、裁判所は宗教団体の自律権を尊重し、司法審査を差し控えなければならないと解される。しかしながら、宮司の職を免ずる処分は、宮司という宗教上の地位のみでなく、通常その地位と不可分一体となっている宗教法人(神社)の責任役員、代表役員という法律上の地位を剥奪し、場合によっては同人の生活の基盤を脅かす重大な利益の侵害を招来するものであるから、その処分の当否の判断をするにつき教義の解釈、信仰に関する事項にまで審理判断を必要としない場合であって、かつ、その処分が処分権者の裁量権の範囲を逸脱し、処分権の濫用にわたるものであり、または、団体内部において定められた手続規程に著しく違反し、事実的な基礎を全く欠くような場合には、審判の対象とすることができるものと解するのが相当である。」

2  九丁表一〇行目全部を「2そこで、右の観点から、まず、本件処分の当否の判断をするについて被告神社の教義の解釈、信仰に関する事項について審理判断を加える必要があるか否か、及び、本件処分が処分権者の裁量権の範囲を逸脱し、処分権の濫用にわたるか否かについて判断する。」に改め、同所一一行目「5」を削除し、一二丁裏一一行目「八六、」の下に「三七六、」を加え、一三丁表二行目「皆で」を「参会者で」に、同所三行目「一人が」を「一人である梯昌雄が」に改め、同所八行目「一二四、」の下に「一二五、」を加え、同所九行目「総代らは」から同所一一行目「その処分を」までを「総代らは、同年正月、初詣客に授けるお札の頒布を手伝っていた総代の宮本文三郎に対し、村雲権祢宜が不穏当なことを言ったとして同権祢宜の処分を」に改め、同丁裏八行目「一三四」の下に「、三六九」を、一六丁表四行目「甲」の下に「一四九、」を加え、同所五行目「定例の総代会が開かれたが」を「定例の総代会が開かれ、原告が予算の審議をするよう要請したが、総代らは審議に応じず」に、同所八行目「決議が可決された」を「決議をした」に改め、同丁裏八行目「一五九、」の下に「三八二、」を加え、一七丁裏五、六行目全部を「原告は、同年一二月一〇日ころ、神社本庁で金子副総長、川井秘書部長に面会し、関係資料を示して自己の立場を説明した。一方責任役員らも、そのころ、神社本庁を訪れ役員、総代側の言い分、神社運営の実情を訴えた。」に改め、一八丁裏七行目「甲一六四、」の下に「三九七、」を、一九丁表八行目「得られなかった。」の下に「そして役員会は、右三一日以後遂に一度も開催されなかった。」を、同所一一行目「一八〇、」の下に「三九八、四一四、四一五、」を、同丁裏七行目「一八七の1、2」の下に「四五八、四五九」を、二一丁裏八行目「二〇五の1ないし3」の下に「四五五、四五六、」を加える。

3  二二丁表三行目の次に改行して、次を加える。

「  以上の認定事実によれば、本件処分は、宮司である原告とその責任役員、総代らの長年の不信、不満が原因で生じた被告神社内での神社運営に関する紛争の解決のためにされたものであって、神社の教義、信仰とはかかわりのないものであるから、被告神社の教義、信仰に関する事項について審理をせずに本件処分の当否を判断することができるものと認められる。そこで、本件処分が処分権者の裁量権を逸脱し、権利濫用にわたるか否かについて検討をすすめる。

右認定の事実によれば、被告神社内で生じた紛争は、前記のとおり、宮司である原告と責任役員、総代、氏子らとの間の感情的な対立が主要な要因となっており、後者においても反省が加えられるべき点もないではないが、何といっても原告は、神社運営の中心的存在なのであるから責任役員、総代らの要求や不満に対しやたら反発することなく柔軟に対応し、これが解消に向けて積極的に努力をすべきであったが、特に対立が表面化してからの原告の対応はいささか強引で柔軟性を欠き、これがますます責任役員、総代らの離反と不信を増幅させたものといわざるを得ない。殊に、対立激化の契機となった昭和五三年度の決算の審理については原告が関係書類を開示し、責任役員らの疑問点を明らかにし、改善すべき点は率直に改める姿勢を示しさえすれば容易に打開できた問題であったし、更に、神社本庁が、原告に対し、責任役員及び総代らとの融和を勧めていた時期に、従前の責任役員及び総代らを一方的に解任し、氏子の意見を無視して独断で総代を任命したことは、責任役員、総代らとの関係の断絶を決定的なものとしたのであって、その責任は重いものというべきである。

いうまでもなく、宮司は神社における宗教行事の主宰者であって、宮司と総代、氏子ら崇敬者との間には信仰の絆で結ばれた連帯関係が不可欠であるところ、前記の事実関係をみると、原告と責任役員、総代ら氏子との間の信頼と連帯関係は完全に失われており、これが修復はもはや不可能な情況にあって、神社を正常に運営し、氏子らの信仰の拠りどころとして維持していくためには原告の宮司としての職を免ずるのもやむを得ないとしてなされた神社本庁統理の本件処分には、裁量権の範囲の逸脱、処分権の濫用にわたる事由はないものと認められる。」

4  二二丁表四、五行目全部を次のとおり改める。

「3 次に、本件処分が、被告神社等の手続規程に著しく違反し、事実的な基礎を全く欠くものであるか否かについて検討する。

証拠(〈書証番号略〉)によれば、被告神社及び神社本庁の宮司等の地位の任免に関する規程は次のとおりであることが認められる。」

5  二三丁表七行目冒頭から二四丁裏五行目終わりまでを次のとおり改める。

「右認定の手続規程は、不合理な規程ということはできないところ、前記2に認定した事実によれば、本件処分の手続は、神社本庁の事実調査に基づき、右認定の諸手続を遵守して行われたものであることが明らかである。

4  以上によれば、本件処分は、被告神社の包括団体である神社本庁の統理が規程上の権限に基づき被包括団体である被告神社宮司の原告について、宮司として不適任であることを理由としてその職を免じたものであり、これを無効とすべき実体上及び手続上の事由があるとは認められない。

そうすると、原告は、本件処分によって被告神社の宮司の地位を失うとともに代表役員の地位もまた喪失したのであるから、被告神社に対し宮司としての給与の請求権はなく、かえって、被告神社に対し前記宮司宿舎を明け渡す義務があるというべきである。すなわち、原告の被告神社に対する地位確認及び給与請求は理由がなく、被告神社の原告に対する宮司宿舎明渡請求は理由がある。」

6  二四丁裏七、八行目「取り消されたのであるから、」を「取り消され、同判決は確定したのであるから、」に、二五丁表九、一〇行目「一九九九万九三七四円を被告神社に返還する義務があるが」を「一九九九万九三七四円とこれに対する本件仮処分取消し判決が確定した日の翌日である昭和六一年一一月二〇日(当事者間に争いがない。)から支払済に至まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を被告神社に返還する義務があるが」に改める。

二  控訴人は、被控訴人神社及び神社本庁における宮司等の免職に関する規程は被処分者の弁解の保障規定さえない著しく不備なものであり、現に控訴人は本件処分に先立ち弁明の機会さえ与えられなかった旨主張する。しかしながら、前記認定事実から明らかなとおり、規程には弁解に関する保障規定はないが、神社本庁は本件処分に至までの事実調査に際し、控訴人の弁解等を十分聴取していることが認められるから、右の主張は採用できない。

更に、控訴人は、本件処分は、事実上の根拠に基づかず、かつ、処分内容が著しく妥当性を欠く旨主張するが、本件処分は、前記認定判断のとおりの事実関係に基づき処分権限のある統理によってなされたもので、その処分内容においても妥当性を欠くものとはいえないことが明らかであって、いずれも理由がなく採用の限りでない。

三  よって、原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安國種彦 裁判官田中観一郎 裁判官井上郁夫は退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官安國種彦)

《参考・原審判決》

主文

一 原告の請求をいずれも棄却する。

二 原告は、被告神社に対し、金一九九九万九三七四円及びこれに対する昭和六一年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三 原告は、被告神社に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

四 被告神社のその余の請求を棄却する。

五 訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の九、被告神社に生じた費用の九分の八及び被告林に生じた費用の全部を原告の負担とし、その余を被告神社の負担とする。

六 本判決中二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一 当事者の求める裁判

一 四三三三号事件請求の趣旨

1 原告が、被告神社の代表役員の地位にあることを確認する。

2 被告林の被告神社の代表役員としての職務の執行を停止する。

3 被告神社は、原告に対し、金四二三六万七一六〇円及びこれに対する昭和六二年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員、並びに昭和六二年一月一日から、毎月金五九万九〇〇〇円、右に加えて毎年三月に金一七四万九〇〇〇円、毎年六月に金一二二万四三〇〇円、毎年一二月に金一四五万七五〇〇円の各金員を支払え。

4 訴訟費用は被告神社及び被告林の連帯負担とする。

5 3項につき仮執行宣言

二 四号事件請求の趣旨

1 原告は、被告神社に対し、金二八五四万九二〇〇円及びこれに対する昭和六一年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 主文三項と同旨

3 訴訟費用は原告の負担とする。

4 1、2項につき仮執行宣言

第二 事案の概要(一ないし八の事実はいずれも争いがない。)

一 (被告神社及び神社本庁)

被告神社は、天太玉命と猿田彦命を祭り、殖産、交通安全、縁結びの神社として近隣の信仰を集めている宗教法人であり、神社神道に従って祭祀を行うことなどを目的とし(大麻比古神社規則三条(以下「被告神社規則」という。))、被告神社を包括する宗教法人として、神社本庁が存在する(被告神社規則四条)。

二 (被告神社の代表役員及び宮司)

被告神社には、同神社を代表し、その義務を総理する代表役員一名が置かれ(被告神社規則七、八)、右代表役員は、同神社の宮司をもって充てることとされている(同九条)。

そして、同神社には、神明に奉仕し、社務を司る神職の最高位のものとして宮司一名が置かれ、その進退は、代表役員以外の責任役員の具申により神社本庁の統理が行うこととされている(被告神社規則一七、一八、二〇条、神社本庁庁規九〇条一項本文)。

三 (原告の被告神社宮司及び代表役員への就任)

原告は、昭和三九年三月三一日、神社本庁の統理から被告神社の宮司に任命され、被告神社規則九条に基づきその代表役員たる地位に就いた。

四 (統理の宮司免職の意思表示及び代表役員の地位喪失の取扱い等)

被告神社の代表役員以外の責任役員全員(三名)は、昭和五四年八月八日付の「罷免願」と題する書面により、神社本庁の統理徳川宗敬(以下「統理」という。)に対し、原告を同神社の宮司から免ずるよう具申し、統理は、昭和五五年八月一四日、神社本庁の役職員進退に関する規程(以下「進退規程」という。)二二条五号の「職員として適当でないことが判明したとき。」に該当するものとして、同神社の宮司の職を免ずる旨の意思表示をし(以下「本件処分」という。)、右意思表示は同日原告に到達した。

神社本庁統理は、同月一九日、被告林を被告神社の特任宮司に任命した。

そのため、被告神社は、原告が同神社の宮司兼代表役員の地位を喪失し、被告林が同神社の特任宮司兼代表役員に就任したものとして取り扱い、原告に対して昭和五五年九月一日以降の宮司の給与を支払わなかった。

五 (原告の仮の地位を定め仮払を命ずる仮処分判決)

そこで、原告は、本件処分の効力を争い、被告神社及び被告林を被申請人として、徳島地方裁判所に原告の同神社の代表役員の地位を仮に定め、原告が本件処分当時同神社から支給を受けていた宮司の給与の仮払等を求める仮処分を申請し(昭和五五年(ヨ)第一六六号地位保全等仮処分申請事件)、同裁判所は、昭和五九年一二月二六日、「一 本案判決確定に至るまで、申請人が被申請人宗教法人大麻比古神社の代表役員の地位にあることを仮に定める。二 右の期間中、被申請人林福太郎の被申請人宗教法人大麻比古神社の代表役員としての職務の執行を仮に停止する。三 被申請人宗教法人大麻比古神社は、申請人に対し、昭和五五年九月一日から本案判決確定に至るまで毎月二一日限り一か月金三八万五八〇〇円の割合による金員を仮に支払え。四 申請費用は、被申請人らの連帯負担とする。」との判決(以下「本件仮処分判決」という。)をした。

六 (右判決を取消し原告の申請を却下する判決の確定)

これに対し、被申請人の被告神社及び被告林は控訴し(昭和六〇年(ネ)第二八号地位保全等仮処分請求控訴事件)、高松高等裁判所は、昭和六一年一一月一九日、「一 原判決を取り消す。二 被控訴人の本件申請をいずれも却下する。三 申請費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決(以下「本件控訴審判決」という。)をし、右判決は確定した。

七 (被告神社から原告への仮払)

被告神社は、原告に対し、本件仮処分判決に基づき、仮払金として、昭和五五年九月一日から昭和五九年一二月三一日までの分の合計二〇〇六万一六〇〇円を昭和六〇年一月一七日と同年二月一二日の二回に分けて一〇〇三万〇八〇〇円ずつ支払い、昭和六〇年一月一日から昭和六一年一〇月三一日までの分を右期間中毎月二一日に三八万五八〇〇円ずつ合計八四八万七六〇〇円支払った(仮払金総合計二八五四万九二〇〇円)。

八 (被告神社所有建物の原告への使用貸借)

被告神社は、別紙物件目録記載の建物(以下「宮司宿舎」という。)を所有しており、原告が宮司に就任したとき、原告に対し、使用期間を原告が宮司の地位にある期間と定めて無償で貸与した。

原告は、現在も宮司宿舎を占有している。

九 (当事者の請求)

以上の事実関係の下で、前記第一に記載のとおり、原告は、自己の代表役員の地位の確認(四三三号事件請求の趣旨1項)、被告林の代表役員としての職務執行の停止(同事件請求の趣旨2項)、並びに原告が宮司の地位にあることを前提として別紙未払給与等計算書のとおりの昭和六一年一二月三一日までの宮司の俸給と賞与、及び昭和六二年一月一日以降右計算書の昭和六一年当時のものと同額の宮司の俸給と賞与の支払(同事件請求の趣旨3項)を求め、被告神社は、本件仮処分判決に基づいて同神社が原告に支払った仮払金の返還(四号事件請求の趣旨1項)、及び原告が宮司の地位にないことを前提として、宮司宿舎の明渡し(同事件請求の趣旨2項)を求めている。

一〇(争点)

本件では、前記二のとおり被告神社の代表役員は、同神社の宮司をもって充てるため、原告が同神社の宮司の地位を有するか否か、すなわち本件処分によって原告が被告神社の宮司の地位を失ったか否かが第一の争点である。右の争点に対する判断によって、四三三号事件請求の趣旨1、2、3項、及び四号事件請求の趣旨2項の各請求が決せられる。

そして、四号事件請求の趣旨1項の仮払金請求については、その返還義務の範囲が争点となる。

第三 争点に対する判断

一 (本件処分の効力について)

1 事案の概要二に記載のとおり、宮司は、神社神道に従って祭祀を行う被告神社に一名だけ置かれる宗教上の事項を司る神職の最高位のものであり、極めて重要な宗教上の地位である。

2 このように、宮司の地位は宗教上の地位であるが、本件では、事案の概要一〇に記載のとおり、原告が被告神社の代表役員の地位にあるか否か、被告林が同神社の代表役員の職務を停止しなければならないか否か、原告が同神社から給与の支払を受けることができるか否か、原告が同神社に宮司宿舎を明け渡さなければならないか否かという特定の法律関係の審理判断の前提として、原告が同神社の宮司の地位にあるか否かを審理判断することが必要不可欠である。

したがって、この点においては、裁判所が原告が被告神社の宮司の地位にあるか否かを審理判断することができることになる。

3 しかし、憲法二〇条一項、三項、宗教法人法一条二項、八五条の諸規定によれば、特定の法律関係の審理判断のために必要不可欠である場合でも、ある者の宮司の地位の存否を審理判断するために宗教上の教義、信仰に関する事項を審理判断しなければならないときは、裁判所は、これについて一切の審判権を有しないと解される。

4 さらに、前記3に掲記の諸規定及び憲法二一条一項に照らせば、その者が宮司として活動するにふさわしい適格を備えているかどうかという宗教活動に関する問題については、宗教上の教義、信仰に関する事項にかかわりを有しない場合であっても、原告として宗教団体の内部的自治に委ねられており、裁判所は、当該宗教団体の立場に立って改めて価値判断を行うような干渉をすることは許されず、原則としてこれを有効なものとして取り扱わなけばならないと解するのが相当である。

しかし、宗教団体の内部的自治も法秩序全体からの内在的制約は免れないのであり、当該処分が手続的に著しく正義に反し、あるいは全く事実上の根拠に基づかずにされた場合、又は当該処分の内容が著しく妥当性を欠く場合には、裁判所は、当該処分を無効と判断することができると解するべきである。

以下、本件について判断する。

5 証拠(〈書証番号略〉、証人森吉徳雄、琴陵光重、篠田康雄、原告本人。ただし、個別的事実だけに関する証拠は、各認定事実の末尾に記載する。)及び事案の概要に記載の争いのない事実を総合すると、以下の各事実が認められる。

(一) 被告神社は、徳島県鳴門市大麻町内の一五部落(現在の町内会とは一致しない部分もある。)の氏子約七〇〇戸と徳島県下及び京阪神を中心とした崇敬者約三万人に支えられており、従来、右一五部落から各一名ずつ選出された一五の総代によって総代会が組織され、総代の中から三名の責任役員(右三名のほか代表役員も責任役員であるが、以下単に「責任役員」と表示した場合は代表役員以外の責任役員をいう。)が選出され、代表役員とともに役員会を組織して被告神社の維持運営に関する決定を行ってきた。

(〈書証番号略〉)

(二) 原告は、明治四五年七月二〇日徳島県板野郡板東町(現在の鳴門市大麻町)で出生した。

原告は、昭和一四年三月国学院大学を卒業し、いわゆる国家神道の制度下で神宮司庁に官吏として就職したが、第二次世界大戦終戦に伴う政教分離によって神宮司庁から宗教法人となった伊勢神宮の職員となり、その包括団体である神社本庁から「明階」という神職における高い階位を与えられた。

原告は、伊勢神宮の会計課、庶務課で勤務し、昭和三五年三月神宮祢宜となったが、翌月伊勢神宮を退職して伏見稲荷大社に祢宜として就職し、管理課長等として勤務した。

原告は、昭和三九年三月三一日、伏見稲荷大社を退職し、自己の故郷にある被告神社に宮司兼代表役員として迎えられた。

(〈書証番号略〉)

(三) 原告は、伊勢神宮や伏見稲荷大社での経験を生かして、被告神社の事務の整備、明治一〇〇年記念事業としての本殿の修理、社殿の新築、自動車が増えたことに対応した駐車場用地の取得、氏子以外に被告神社を支える団体としての崇敬会の結成などを行ない、その成果を収めてきた。しかし、原告が行った本殿の修理等の事業の進め方に対しては、これに不満を持つ総代もあった。

(〈書証番号略〉)

(四) 昭和四八年一一月、被告神社所有の土地と境界を接している土地の所有者から両土地の境界を両者立会いのうえ確定してほしい旨の要求があり、責任役員、総代らも原告に境界を確定するよう要求したが、原告はこれに応じようとせず、意見が食い違ったまま推移した。

(〈書証番号略〉)

(五) 昭和四八年一一月二四日、被告神社の斎館で開催された政治集会の出席者の火の不始末により斎館と社務所が全焼したが、これについて集会の主催者に民事責任を追及すべきか否かを巡って、責任役員、総代の一部と原告とに対立が生じ、斎館等の再建を巡っても原告と責任役員、総代らとの間に食い違いが生じた。

(〈書証番号略〉)

(六) 昭和五〇年七月一日、総代会において、総代の一人から、総代らの沖繩海洋博への研修旅行実施の提案があり、賛成の意見が出たが、原告が反対したため実現されなかった。

(〈書証番号略〉)

(七) 昭和五〇年九月一一日、昭和四九年度決算についての役員会が開かれ、決算は承認されたものの、責任役員らは、十分な審議をさせようとしない原告の議事進行等に対して不満を持った。

(〈書証番号略〉)

(八) 昭和五〇年一〇月ころ、宮司の給与と祢宜の給与の格差が二倍近くであったところ、責任役員三名と総代の多くから、原告に対し、祢宜の給与を最終的に宮司の給与の八五パーセントに、当面は七〇パーセントに上げてほしいとの要望があったが、原告はこれに応じず、結論の出ないままになった。

(〈書証番号略〉)

(九) 昭和五〇年から翌昭和五一年にかけて、冨士祢宜が被告神社に納めるべき金員を着服し、その責任を取って辞任したことをめぐり、これについての原告の対応に不満を持った責任役員、総代らが同人の復職を要求し、原告がこれを拒否して対立が生じた。

(〈書証番号略〉)

(一〇) 昭和五三年一二月一日、任期満了により改選された総代による総代会が終了した後、神前の供え物のお下がりを皆で食する直会という行事に移ろうとしたとき、新総代の一人が被告神社の改革のため同神社が提供する飲食物は口にしないとの発言をし、混乱を生じた。

そして、以後、本件処分がなされるまで、総代らは、盃一杯ずつの酒を口にする以外には、被告神社から出される酒食の提供を断った。

(〈書証番号略〉)

(一一) 昭和五四年二月一日、総代会において、総代らは正月に村雲権祢宜が総代らに対して不穏当な言動をしたからその処分を責任役員三名に任せるよう要求したが、原告はこれを拒否し、対立が生じた。

(〈書証番号略〉)

(一二) 昭和五四年三月二四日、原告は役員会に昭和五四年度の予算案を提出したが、次の総代会で審議することが議決され、承認が得られなかった。同年四月一日、総代会で審議した結果、予算案のうち七月分までの予算を承認し、その余については前年度の決算を見たうえで審議することとなった。

(〈書証番号略〉)

(一三) 昭和五四年六月二七日、二九日の両日、役員会において原告が提出した昭和五三年度の決算の審議を行ったが、責任役員らは、原告の出身大学同窓会の費用が被告神社から支出されていること、交際費の使途が不明確であること等の指摘をし、これらの点を明確にしたうえで決算書を再提出するよう要求して、それまで決算の承認を留保することとした。

昭和五四年七月一四日、責任役員二名と総代一名が、決算書類審査の続きを行いたいとして被告神社を訪れたが、原告は風邪をひいて立ち会えないとの理由でこれを拒否し、責任役員らが原告が立ち会えないとしても、祢宜立会いのうえで書類を見せてほしい旨要求したが、原告はこれも拒否した。そのため、責任役員らは、原告から連絡があるまで待つ旨述べて帰った。しかし、原告は、以後、一度も昭和五三年度の決算審議のための役員会を開こうとはしなかった。

(〈書証番号略〉)

(一四) また、昭和五四年五月一日以降、責任役員、総代らが堀江社僕の言動が良くないことを理由に同人の解雇を求め、同年七月一日の総代会で、原告はこれについての決議をするよう求め、総代らは全員一致で堀江社僕の解雇を決議した。しかし、原告は、弁護士と相談のうえ、総代らに対し、同月八日付で神社本庁の進退規程に抵触するから退職させられないとの書面を送付し、右決議に応じず、対立が続いた。

(〈書証番号略〉)

(一五) さらに、このころ、天然記念物である被告神社境内の松並木の松喰虫の防除をめぐっても、原告に対して不信感を持っている付近住民の協力が得られず、原告と責任役員、総代らとの間までも食い違いが生じていた。

(〈書証番号略〉)

(一六) 責任役員、総代らは、以上のような経過の中で、原告の被告神社運営に対し、独断専行で、総代会、役員会を無視しているとして大きな不満を持つようになり、「大麻比古神社ではなく谷口神社だ。」などと批判することもあった。

(〈書証番号略〉)

(一七) 昭和五四年七月一三日、責任役員、総代らは、神社本庁の下部組織である徳島県神社庁へ赴き、庁長である被告林に対して、原告に対する不満を訴えた。

同月三一日、被告林立会いの下で臨時の役員会兼総代会が開かれたが、責任役員、総代らからの原告の神社運営に対する批判が続いた。そこで、被告林の斡旋により、その後一か月のうちに昭和五三年度決算の審議を行ったうえ、全年度の予算審議を行えるようにするため、さらに翌八月分まで一か月分の予算が承認された。

(〈書証番号略〉)

(一八) 翌八月一日、定例の総代会が開かれたが、原告が「今日は何も話すことはない。」と発言したため、総代らは原告には融和の姿勢がないものとして反発し、原告の退職を求める決議が可決された。

(〈書証番号略〉)

(一九) 責任役員兼総代の三名及びその余の総代のうち九名は、原告に対し、同月五日付で退職勧告書を作成して送付し、さらに、神社本庁に対する同月一〇日付の原告の罷免願を作成して徳島県神社庁板野支部に提出した。

同月一四日右罷免願が徳島県神社庁に届いたため、被告林は原告に来庁を促し、同月一八日原告と罷免願について話し合ったが、原告が神社本庁に送付して構わないと述べたため、副申書を付したうえこれを送付し、同月二九日神社本庁に受理された。

(〈書証番号略〉)

(二〇) 原告は、同年八月三一日、九月以降の昭和五四年度予算の審議をするため役員会を招集したが、役員らは、昭和五三年度の決算審議を終了していない段階では予算審議は行わないとして、出席を拒否した。そのため、原告は、同年九月一日以降の昭和五四年度の予算の執行を専決処分として行なうこととし、昭和五五年三月一三日までの役員会を招集しなかった。

(〈書証番号略〉)

(二一) 昭和五四年一一月八日、総代会において、総代らが原告に対し、同年九月の台風で被告神社の松並木が倒れるなどして被害を被った付近住民への見舞い金を出すため予算を承認しようと持ち掛けたところ、原告が予算は原告の専決処分として行っているから差し支えないと回答したため、総代らは、専決処分は遺憾であるとして原告を強く非難した。

(二二) 神社本庁は、原告の罷免願を受理した後、事実の調査と和解の斡旋に乗り出し、昭和五四年一一月二四日、神社本庁理事である金刀比羅宮宮司の琴陵を派遣し、原告と責任役員の双方から事情を聞き、調整を試みようとしたが果たせなかった。

昭和五四年一二月中旬ころ、原告及び責任役員らは、それぞれ神社本庁を訪れ、自己の言い分を訴えた。

さらに、昭和五五年一月二三日から二四日にかけて、神社本庁の庶務部長と主事一名が徳島県を訪れ、原告及び責任役員、総代の双方から事情を聴取した。

(〈書証番号略〉)

(二三) 神社本庁は、右のような情報収集の結果、総代らと原告との間の不信感を修復するため、原告側において、その改善に努める努力があるとして、昭和五五年二月一二日付で、「責任役員から罷免願が提出されたのは、原告の被告神社運営に対する積年の不信、不満によるものであり、原告はこれに対する適切な配慮を欠いていた。原告は、自戒自省のうえ当面の問題を解決して責任役員・総代との関係を修復すること。早急に役員会を開催し、昭和五四年度予算と昭和五三年決算の承認を得、総代会に報告すること。責任役員、総代と一致協力し、仮にも不信、不満を招くことがないように十分に配慮すること。被告神社職員相互の融和を計ること。被告神社財産の管理、整備については、被告神社規則に定める機関に議り、円満に実施すること。被告神社規則、宗教法人法、神社本庁庁規を遵守し、役員会、総代会を無視するなどの独断専行を行わないこと。これらの事項を厳守することを神明に誓い、誓詞を提出すること。」との内容の「申込書」と題する書面を作成し、徳島県神社庁を経由して原告に交付し、その写を責任役員及び総代らに交付した。

(〈書証番号略〉)

(二四) 原告は、自己の立場が不利になることを恐れて、しばらく誓詞の提出を躊躇していたが、昭和五五年三月二七日付で「右申込書の趣旨に則り、被告神社規則等を守り、責任役員、総代との融和を計って、その協力を得、被告神社運営の正常化に最大の努力をする。」との内容の誓詞を徳島県神社庁を経由して神社本庁に提出した。

原告は、同月一三日、二二日及び三一日に、役員会を開催し(そのうち二二日には被告林も同席)、昭和五四年度、昭和五五年度の各予算の審議を求めたが、責任役員らは、原告が昭和五三年度の決算審議を行おうとしないことなどを非難し、両者の対立は解けず、予算の承認も得られなかった。

(〈書証番号略〉)

(二五) 神社本庁は、これまでの状況を踏まえ、前記申込書の趣旨が実行されていないと判断し、副総長の金子を派遣し、昭和五五年五月一二日から一三日にかけて、原告及び責任役員の双方から事情を聴取したうえ、原告に対し進退伺を提出するよう求め、さらに同年六月三〇日付の文書で進退伺の提出を求めたが、原告は、これに応じなかった。

(〈書証番号略〉)

(二六) 原告は、弁護士と相談のうえ、昭和五五年七月一七日、責任役員に対し、昭和五五年度の予算審議をするか否かを、総代に対し、責任役員が予算審議をすることに賛成か否かを、いずれも同月二一日までに返答するよう文書をもって通告したところ、三名の総代から賛成の回答があったが、その余の者からの回答はなかった。原告は、回答のなかった三名の責任役員兼総代及び九名の総代については、被告神社の運営に協力する意思がないものとみなし、同月二三日付で解嘱通知を発した。

従来、総代は前任者か後任者を推薦していたが、原告は、解嘱通知をした九名の総代の推薦母体である各部落の町内会長に対し、新しい総代を推薦するよう依頼した。しかし、町内会長らは、解嘱を認めず、あるいは前と同一の者を推薦し、又は町内会長以外の者が推薦を行ったりした。

そのため、原告は、一二名のうち四名は前の総代を選任したものの、残りの八名は氏子以外の者を選任し、昭和五五年八月八日、総代会を開いて氏子以外の新総代の中から責任役員三名を選任したうえ、徳島県神社庁に責任役員の変更届を提出した。

(〈書証番号略〉)

(二七) しかし、徳島県神社庁長被告林は、規則違反を理由に右責任役員の変更届を原告に返送し、原告が解嘱通知を発した責任役員、総代ら一二名も、原告に対し、解嘱及び氏子以外の者からの総代選任は無効である旨の通知をした。

(〈書証番号略〉)

(二八) 以上の経過の下で、神社本庁では、昭和五五年八月九日、統理の諮問機関である人事委員会を開き、原告を被告神社宮司から免職するが、その前に依願退職する機会を与える旨議決した。

同月一二日、浄見副総長が被告神社を訪れ、原告に依願退職を求めたが、原告はこれに応じなかった。

そこで、同月一四日、統理が本件処分を行った。

神社本庁は、原告に対し、同日、電報で進退規程二二条五号により宮司を免ずる旨通知し、さらに免職辞令及び「原告には、被告神社規則を守らず、氏子の信用をなくす専断的な数々の行為があり、提出した誓詞を実行せず、責任役員、総代を任期中であるのに一方的に解任し、氏子の意見を無視して総代を新たに任命するなどの事由があり、このまま在任すれば被告神社の運営維持に大きな混乱を招く。」との内容の免職理由を記載した書面を送付した。

(〈書証番号略〉)

(二九) なお、原告が本件仮処分判決により代表役員に復帰していた昭和六〇年四月二九日、神社本庁及び徳島県神社庁に対し、被告神社の氏子多数から原告の同神社運営を非難し、被告林による神社運営を望む嘆願書が提出された。

(〈書証番号略〉)

6 証拠(〈書証番号略〉)によれば、以下のとおり認められる。

(一) 被告神社規則一七条は、被告神社の職員として宮司一人を置くものとし、同規則二〇条は、宮司の進退は、代表役員以外の責任役員の具申により神社本庁の統理が行うが、統理が必要と認めたときは、代表役員以外の責任役員の同意を得て進退を行うことができるものとしている。また、同規則三九条は、被告神社に関する事項で、同規則に定がないものについては、神社本庁の庁規で定めるところによるものとしている。

(二) 被告神社を包括する宗教法人である神社本庁の庁規にも同様のことが定められており、同庁規五条は、同庁規にいう「職員」とは神社等の職員をいうものとし、同庁規八五条は、神社の職員として宮司一人を置くものとし、同庁規九〇条は、宮司の進退は、代表役員以外の責任役員の具申により神社本庁の統理が行うか、統理が必要と認めたときは代表役員以外の責任役員の同意を得て進退を行うことができるものとしている。

そして、神社本庁の進退規程一条の二は、同規定にいう「職員」とは神社本庁庁規五条に規定する職員をいうものとし、同規定二二条五号は、職員が職員として適当でないことが判明したときは職を免ずることができるものとしている。

また、神社本庁庁規四二条の二は、人事委員会は、統理の諮問に応じて神職に係る任命、転任、免職等に関する事項及びこれに関連する事項について答申するものとしている。

7 前記5に認定の原告の免職手続は、右6の各規定に従って行われているものと認められるし、右6の宮司の免職に関する手続等はそれ自体不合理なものではないから、本件処分は、手続的に問題のないものである。

8 前記5に認定の事実によれば、原告が被告神社のために尽くしてきたことは十分窺われるところである。

しかし、その神社運営は責任役員、総代らの反発を招くものであり、原告は、決算審議を未了のまま予算審議のみを求め、責任役員、総代を解任するなど、責任役員、総代らとの対決姿勢を強めて、総代らとの間の信頼関係を喪失し、さらには、原告の総代解任に対しても、総代選出母体の氏子部落が解任を認めず、あるいはその解任の対象となった総代を選出するなど、被告神社の最も重要な基盤である氏子からの支持を失っていたといわざるをえない。

9 以上によれば、本件処分は、被告神社の包括団体である神社本庁の統理が、その権限に基づいて、被告神社宮司である原告につき、宮司として適当でないことを理由として、その職を免じたものであるところ、その理由は宗教上の教義の解釈にわたるものではないものといえる。そして、本件処分の手続は、被告神社の規則並びに神社本庁の庁規及び進退規程に則ってなされており、これが著しく正義に反するとか、全く事実上の根拠に基づかずになされたということはできず、また、その内容が著しく妥当性を欠いているともいえず、他に本件処分を無効と目すべき事情があるともいえない。

そうすると、本件処分が無効であるとはいえないから、原告は、本件処分により、被告神社の宮司の地位を失うとともにその代表役員の地位をも失ったものといえる。

10 よって、原告は被告神社の宮司の地位にはなく、したがって、原告は同神社の代表役員の地位にもないことになるし、特任宮司に選任された被告林は同神社の代表役員の地位にあってその職務を執行することができ、原告は、同神社に宮司としての給与を請求することはできず、宮司宿舎を同神社に明け渡す義務がある。

二 (仮払金の返還について)

1 本件仮処分判決は控訴審において取り消されたのであるから、原告は、被告神社から受領した仮払金を同神社に返還しなければならないのであるが、その返還義務の範囲は、不当利得の規程に準じて決せられるべきである。

2 証拠(〈書証番号略〉、原告(平成元年一〇月四日))及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五九年一二月二七日から昭和六一年一一月一九日まで、被告神社の宮司の職務を現実に行っていたことが認められ、右期間の宮司の職務と対価関係に立つ支払済みの仮払金八五四万九八二六円(昭和五九年一二月二七日から昭和六一年一〇月三一日までの分。これ以後の分については支払われていない。別紙仮払金計算書参照)については、これを返還させないのが公平である。

3 したがって、原告は、原告が現実に宮司の職務を行っていない期間に対応する仮払金一九九九万九三七四円を被告神社に返還する義務があるが、その余の期間に対応する仮払金についての被告神社の仮払金返還請求は理由がない。

徳島地方裁判所第二民事部

(裁判長裁判官來本笑子 裁判官橋本昇二 裁判官長谷川恭弘)

別紙〈省略〉

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